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学校の先生を馬鹿にしてしまうことについて

どういうわけかぼくは学校の先生を馬鹿にする。小1〜小4では担任は女の先生で尊敬した試しは一度もない。小5、6は男の先生で少しは尊敬したかもしれないがほとんど記憶にない。中1、2も女の先生で、ぼくが悪ガキ過ぎて中3では担任の先生を自分で選ぶことができた。学校の中で唯一尊敬している社会の先生がいて、その先生の下なら更正できると思ったからその先生を選んだ。ぼくは他の先生のことはひどいあだ名で呼んでいたが、この社会の先生だけはみんながフジパンというあだ名で呼んでいても

「○○先生」

と先生がいないところでも呼び、友達に対してもフジパンという言葉を使ったことは一度もなかった。ではなぜその先生のことだけ尊敬していたのかと言うと、中1の時の授業でその先生がぼくのことを特にかわいがってくれて、班でやったちょっとした劇で、ぼくは飛行機がハイジャックされるというとんでもないシナリオでやったのだが「一番よかった」と褒めてくれたからである。子供はこういうちょっとしたことで先生に対して尊敬したりするようになるものだ。

高1、2も男の先生で、尊敬できなかった。高校でも色々と問題があり、高3の担任を自分で選べた。このときは数学の先生を選んだのだがこれがはずれでどうしようもない人だった。そのかわりに6組の古文の先生が尊敬できる先生であり、その先生にぼくはなついたのだった。もちろんあだ名で呼ぶようなことはなかったし、卒業してからも何度か会いに行って相談に乗ってもらったりしている。

ここからが本題なのだが、どうしてぼくは先生を尊敬できずに馬鹿にしてしまうのかということだ。
小1の先生には反省文を書かされたがどうして書かなきゃいけないか理解できなかったし、小3の先生は言うことなすことすべて聞きたくなくてババアと呼んでいたし、中1の先生もエイリアンババアというあだ名で呼んで、給食を食べ終わった後にいちいち許可とって口をすすぎに行くのが馬鹿らしくて「許可取る必要ないでしょ」とぼくが言ったら「私の言うことが聞けないなら出て行け」と言われて馬鹿かと思ったし、みんなが先生の言うことをおとなしく聞いているのがさっぱり理解できなかった。

その理由は、ぼくの親が

「先生の言うことは聞かなくていい」

と常日頃言っていたからだった。父親は特に何も言わないのだが、母親は学校の先生をとにかく馬鹿にしていた。

「あの人達は学校の塀の外に出たら全く社会の役に立たない人たちなんだよ。」

ぼくは母親からよくそう聞かされて育った。だからそう信じていた。全校生徒を前に偉そうに先生が講釈を垂れる。もうその光景すらバカバカしかった。塀の中でしか役に立たない人が十代の子供に説教をたれるなんぞは珍事にしか思えない。そういう心のフィルターですべてを見ていた。それに加えて、全く論理的でない説明や叱責を受けようものならそれは右耳から入って左耳に抜けるだけでは済まず、一刻も早くこの狂気の沙汰から抜け出なければならない、そう思うのだった。

中1の時、廊下の雑巾がけをするのにぼくは足で雑巾がけをしていた。すると英語の教師が

「おいとら! 足でやるとはなにごとだ!」

と怒る。雑巾がけができるスリッパが売られているのにわざわざ雑巾を手に接触させて学校の廊下の雑巾がけをする必要がどこにあるのだろうか。もしその必要があるとすればそれには論理的理由が必要である。それを説明もしないで、ただ雑巾は手でかけるものというよくわからない慣例をこともあろうか塀の外に出たら社会の役に立たない人たちに言われたら、それはたまったものではないのである。

教務主任で偉そうにしている数学のおばさん先生もどうも好きになれなかった。ぼくは同級生に

「○○(教務主任のこと)に、塩水を電気分解すると何が出てくるか聞いてきてみて」

と言って焚き付け、彼は教務主任の所に行ってこの理科の質問をした。すると教務主任の先生はこれに答えられなかった。その後すぐぼくが呼び出されて説教されてしまった。人を小馬鹿にするようなことをしてはいけないというのである。なんだか偉そうにしているから理科の質問をしただけなのにどうして説教されてしまうのだろうか。

「とら君、先生分からないから教えてくれるかな?」

とでも言えればぼくは心を入れ替えていたかもしれない。どうして生徒が理科の質問を数学教師である自分にしにきたかということを考えずに、その主犯格の生徒の首根っこを捕まえて説教していたのではどうにもならないのではないか。

とまあこういうことが日常茶飯事であり、5教科に関しては塾で先取りで勉強していたのもあって学校の先生を尊敬するということはできなかった。

高校では進学校であったので、将来どんなことがしたいとか、どんな職業がいいか、ということよりも「どの大学を目指してやっていくか」ということが担任との面談のポイントにされ、ぼくは担任をまったくつまらない男だと思った。また、当時ぼくは古文という教科をやる必要が全く理解できず、ただし古人の知恵というべきものには一定の価値があり、だから現代語訳されたものを読んで教養として学べば良いと考え、古文そのものをやるのは無駄だと主張して授業に出なかったのだが、古文の教師(前述の先生とは異なる)は

「要不要はやってみてから論じても遅くはない」

と訳の分からないことを言っていて、こちらとしてはやり始めることが不要だと思っているのに、こりゃだめだと頭を抱えたものだった。みんな日本の教育のシステムの枠にはまって画一的な考え方でしか生徒と触れ合えていないということなのだろうか。なんと息苦しいことだろう。

しかし不思議なことにぼくが進学することをやめ、好きな授業にしか出ないという幽霊のような生徒になってしまってからは先生たちと普段はしないような会話をするようになり、その先生が人がどういう人か、そしていい部分も多少見えるようになってきた。

「断食がしたいので、やりかたを教えてください」

社会準備室に入っていってそれまで授業は受けていたが1対1で会話をしたことのなかった倫理の先生に質問した時、それまでに見たことのない様な表情でその先生は答えてくれた。そんな断食なんてやめなさいと。それからその先生とよく話すようになった。廊下ですれ違う時もお互い笑顔になる。他の先生とも勉強に関係ないちょっとしたことで、今までとはちがった付き合いができるようになった。そしてそれまで思っていた、塀の中でしか役に立たないとかいうことはあまり思わなくなったのである。やはり先生も自分も人で、塀とかそういうことは関係ないのだ。人としていいところがあるのである。そしてそれはお互いに尊重して尊敬すべき点なのである。大人と子供とか、教師と生徒とかそういうのも関係ないのである。

ここまできて、親がどうしてぼくにあんなことを吹き込んでいたのか疑問になった。そこで母親に聞いてみた。すると

「じいちゃん(母親の父親)が言ってたんだよ。町内会の会長にそれまで学校で校長先生をしている人がなって、みんなが立派な人って言って尊敬してる人だったから、きっと町内会でも活躍するんだろうと思って期待していたら、会議で何にも言えない、何もできない人だったんだって。その話をじいちゃんが何回も言ってて、先生は学校の中でしか役に立たないって言ってたからだよ」

という答えが帰ってきた。なるほどそういうことだったのか。

ぼくは親に「あの人達は学校の塀の外に出たら全く社会の役に立たない人たちなんだよ。」と言われていたことで、先生の言うことはいつも正しいとか、先生が言っているからこうしなきゃいけないとか、そういう普通の子供が受ける影響を一切受けることなく育った。これはよかったことである。しかし先生を、というよりかは他人を人として尊敬するということができるようになるまでにずいぶん時間がかかってしまった。

ぼくは自分に子供ができたら、先生は塀の中の人だからという話をするつもりはない。ただし、人として尊敬できるところがあるからそこを見つけてみなさいと言うつもりである。そして納得がいかないことがあれば論理的に徹底的に説明を求めなさい、と言うだろう。

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