Header Ads

竹やぶの思い出(小学)

ぼくの家の近くには竹やぶがあった。親はこの竹やぶのせいで午後遅くなるとうちに陽が当たらなくなるから迷惑していると言っていたが、よくよく観察してみると陽が陰るのは前の家のせいだった。

春の竹の子の季節になると前を通っただけでも竹の子が見えるようになる。食べごろの竹の子は小さいので運良く道路際に生えていればすぐに見つけられるのだが、多くは竹やぶの中に入ってみないと見つけることができない。外から見える竹の子は既にかなり大きく成長しており、あまり食用には適さないのだ。竹の子はすぐに大きくなってしまうので、旬の時期になったら毎日竹やぶに入って竹の子を探さないとあっという間にみんな竹になってしまう。プロは足袋を履いて足の裏で小さな竹の子を探すようだ。

ぼくの父親が

「迷惑してるから竹の子取っちゃえ。切ったっていいんだよ。親戚なんだから」

と言うので、ぼくはそれを真に受けて竹やぶへと入って行くのだった。しかし竹の子を10個も20個も取ってくるというのは売りでもしない限り現実的ではないので、せいぜい取って2個程度だった。その前に本当に食べごろの竹の子は1日に何個も見つかるものではない。取ってきた竹の子は母が大きな鍋であくぬきをし、適当に煮ていた。やはり採れたてだからだろうか、ちょっと大きくて固いかなと思っても意外に柔らかいのである。


七夕の時は今度は竹を取りに竹やぶに入った。ただし蚊が大量にいるので全身着込んで網を頭にかぶって入った。そうしないととんでもないことになってしまう。肝心の竹だが、太くて背が高いものは七夕には向かない。そもそも重いし、地面に近い部分を切っても上の方でほかの竹と葉が絡み合っていて倒れもしなければ動かすこともできない。だから幹の細い軽そうな竹が七夕向きだ。そういう手頃なやつをのこぎりで切って家に持ち帰ってくる。隣のおばさんに見つかったが

「取ったのねw」

と笑顔で言われた。

竹やぶはぼくにとって竹の子と竹を取るだけの場所ではなかった。ぼくが子供の頃は竹やぶは秘密基地を作るのに最も適した場所に思われた。どういう訳か当時は秘密基地、それも地下にあるものに非常に憧れていて、空き地に土の山があったからそれをどんどん掘っていって地下にまでつながるようにしようと思ってスコップを持って掘ってみるのだが全然進まなくて、その山に行っては

「どうにかならないかなぁ」

とため息をつくのだった。そんな時は竹やぶに行って、なにかのつるを引っ張ってみたり、多分トラックの運転手が休憩間際にしたのだろうが、人糞を見つけてみたり、火遊びをしたりするのだった。そしてこの竹やぶの地下に巨大な秘密基地を作って、そこを遊園地のようにできたらどんなに楽しいだろうと寝る前に想像して中々寝付けなかった。マグマがぐつぐついっている所の上を線路が通っていて、機関車が走るのである。そしてこの秘密基地兼テーマパークのチケットのデザインはこんなふうにしよう、などと考えているだけで楽しくて仕方がなかった。

小4で火遊びに手を出すようになり、竹やぶの中で爆竹やら煙玉やらを使って遊ぶようになった。そしてそれらに飽き足りず、家から556というスプレーを持ってきてライターの火に吹きかけて炎を出して遊ぶようになった。こういう危険な火遊びは大人に見られるとまずい。火遊びを教えてくれた友達の家の庭ではできたが、ほかの場所となるといろいろとまずいので、じゃあ竹やぶの中で、となるのである。

そのうちこれがエスカレートしてきて、556はなくなってしまうから家から灯油を持ってくることにした。冬のストーブ用の灯油が家の地下にあったのである。空き缶に入れて200mlぐらいを持ってきて竹の切り株に入れて火を付ける。この時は年が3つ下の近所の友達も一緒だった。最初彼に灯油を持ってきてもらおうと思ったのだがだめだったのでぼくが自分で持ってきたのだった。

切り株に火が付いている。ここに空になった556の缶を逆さまにして乗せた。そしてしばらくすると

ドーーーーーーン

というとてつもない音がして、しばらく耳が聞こえなくなった。と同時になんだか顔が熱いと思ったら火傷をしていた。切り株の火は消えていて、缶はなくなっていた。冷静に考えてみたところ、556の缶が爆発し、その勢いで火が消え、燃えていた灯油もあたりに散らばってぼくの顔にかかったのだと分かった。幸いちょっと赤くなる程度で大事には至らなかった。親にもばれなかった。それにしても今思えば破裂した缶が顔や体に当たらなくてよかったと思う。たまにこういう遊びで失明や死亡という事故が起きているらしい。

火遊びのほかにもうひとつとても楽しい思い出がある。それは竹の子のシーズンほんのわずかな期間しかできない、大きくなった竹の子を切ってしまうという遊びである。親が竹で迷惑していると言っていることは既に書いた。ならば新しい竹が生えてきたらそれを全部切ってしまったら面白いと思ったのである。

竹やぶから少し離れた所に工場があり、前のゴミ置き場だか資材置き場だか知らないが、手頃な鉄板がたくさんころがっていた。15cm x 3cmぐらいの薄い鉄板である。これらを少しくすねてきて、竹の子が生えている竹やぶに入って行く。ターゲットは竹の子というより、自分の背と同じかちょっと高いぐらいの巨大な竹の子である。まだ葉は生えていないから先っぽは竹の子で、黒い長細いミサイルのようにも見える。これの高さの真ん中あたりぐらいにさっきの鉄板を突き刺す。そしてそれをぐるっと360度回すと竹の子が切れる。柔らかいからのこぎりはいらないのだ。あっという間に何本も切ることができる。そしてこれがポイントなのだが、切った上の方をそこらに投げ出しておいてはいけない。切ってそのままの状態にしておくのだ。これは一見すると普通に背の高い竹の子があるだけののどかな竹やぶに見える。ところが現実はまるっきり違っていて、すべての竹の子が切られていてそれ以上成長できないというとても残酷なものなのだ。

このカモフラージュがとても楽しくて、何人もの友達と竹の子を切っては分からないようにそのまま立てておいた。ちなみに小さい竹の子はどうするかというと、まず足で蹴飛ばして折る。そして元に戻しておけば完成だ。こうやって、毎年竹が増えないようにしてあげておいたのであった。

とある年もそうやって切った竹のカモフラージュをしていた。ところが運悪く竹やぶの所有者のおばさんと中で鉢合わせしてしまった。

「とら君、ここで何してるの?」

とっさにぼくは最近チャボが近隣に出没していることを思い出して

「チャボが逃げ込んできたんです」

「チャボがいるからって入ってきちゃだめだよ!」

おばさんはちょっと怒ったようになり、おもむろに2mぐらいある竹の子に手を触れた。次の瞬間

ドーーーン

竹の子は倒れてしまった。ぼくが切っておいたやつだ。ぼくは走って逃げた。その日はちょうどピアノの日だったから自転車で一目散に先生の家に向かった。その後のことは知らない。おばさんは生えている竹の子のほとんどが切られていることに気づいただろうか。想像しただけで笑ってしまうが、ちょっと悪いような気もした。でも親が切っていいって言っていたから仕方がないことだ。

それから何年かしてこの竹やぶはロープが張られて立ち入り禁止になってしまった。そして今では竹はすべて切り取られて更地になってしまっている。楽しい思い出をいっぱいくれたあの竹やぶはもうない。それを思うとぼくは悲しくて仕方がない気持ちになるのだった。








0 件のコメント:

Powered by Blogger.