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化学の思い出5(高校)

親に濃塩酸を買ってもらうが処分してしまう


高校の入学発表の帰りに薬局に寄り、父親に濃塩酸を買ってもらった。ランクを下げて受験した高校だったので無気力感はあったのだがこの時は嬉しかった。これで強酸と強塩基が揃ったのだ。実験後の中和処理などもやりやすくなった。濃塩酸と1円玉も反応させてみた。

しかし水酸化ナトリウムと違って塩酸は刺激臭がある。プラスチックの容器に入っていたこともあり包んでいた紙はぼろぼろになるし、しまっておいたクローゼットの中は異臭がするようになり、あまりいい薬品じゃないなと思うようになってきた。

そしてひと通り実験もしたし化学への興味も薄れてきたので家の近くの竹やぶに撒いて処分してしまった。やはり濃硫酸が欲しかったのだろうか。


化学クラブに入る




1年の化学の先生の口癖は

「孤独にやれよ」「これは覚えるだけです」

であり、授業は本当につまらなかった。実験は年に2回だった。授業は受験対策を完全に意識して行われていて問題演習は孤独に1人でやる、これは覚えてしまえば問題ない、という話しぶりだったのである。

そんなだからぼくは化学クラブに入って実験をやろうと思った。ところが化学準備室の顧問の先生を訪ねると部員がいないという。ぼくは入部したとたんに1年生で部長になってしまった。そして活動は川の水質調査を代々やっているというので顧問の先生と1対1でCODとかDOとかを教えてもらい、授業では実験すらやらない滴定をやったりしながら化学について雑談するのが楽しかった。先生が

「器具を洗うときは少量の水で数回」

と、洗うごとに濃度が1/100、 1/10000、などとなっていくんだよと紙に書いて説明してくれたことが特に印象深かった。



砂糖に濃硫酸をかける


学年が上がると化学クラブも少しずつ部員が増えたが、やはりメインの活動は水質調査だった。これだけでは面白く無いので顧問の先生に頼んでいろいろな実験をさせてもらうことにした。面白かったのが交通信号反応である。

あと特に印象に残っているのが濃硫酸を砂糖にかけさせてもらった時のことだ。最初は全く反応がない。ところがしばらくすると砂糖が焦げ出し、煙が出てみるみるうちに炭になってしまった。全く恐ろしい薬品だなと思ったが、そんな危ないものを扱っているのに後輩が濃硫酸が入ったビーカーをひっくり返してしまった。彼が慌てて近くにあった雑巾でこぼれた濃硫酸をふくと雑巾が焦げて穴があいた。


友人宅で化学実験の指導をする

中3の時のクラスメイトがぼくの影響か化学好きになってしまった。ぼくが今までに家でやって来た実験の話をすると彼もやりたいと言う。実験器具を買った店を教えてあげると彼もビーカーやフラスコを始め酸素ボンベまで発注したのだった。

とある週末の昼過ぎ。彼の家の庭に友達4人で集まって実験を開始した。やるのはやはり水素風船の実験だ。酸素をあとから風船に入れて爆発させるものと風船を飛ばす2つの実験をやった。両方成功した。

この様子はビデオに撮っていて、彼のおばあちゃんが縁側のガラスの扉ごしに

「一体うちの孫は何をやってるんだろう」

と怪訝そうな顔をして見ていた。

数日後彼から聞いたところによると、彼の家では実験禁止令が出たそうである。


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