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ぼくとピアノ(社会人)

社会人になってピアノに触れたのは新人研修の時だった。厳密にはピアノではなくピアノ曲で、それは社歌であった。ふるぼけた音声をCDにしたようなその社歌はピアノの前奏から始まった。ぼくはこの社歌を聞いた時

「自分はこれを聞く為に入社したんだ!」

と思って涙があふれてしまった。それほど感動したのである。曲と歌詞の両方に深く感動した。第一志望の会社であったし、その会社の歴史あるものに触れられてぼくは大変感激したが、隣の男は退屈そうに聞いていた。

研修が終って人事の担当者の所に行き、楽譜がないか聞いた。するとあるかもしれないということで数日待ったらコピーをもらえた。ぼくは嬉しくて中学校の校歌の楽譜を手に入れた時と同じ気持ちになってすぐに練習を開始し、あっという間に弾けるようになった。

そのことを人事の担当者に言うと


「なにか(弾く)機会があればいいねー」

と言ってくれた。社歌の楽譜が欲しいという新人が入ってきたのは過去になかったのだろう。

それから間もなくぼくは

「お金があるから電子ピアノ買おう!」

と思い、でも結構ちゃんとしたやつだと置き場所とか移動が大変だから、弟が持っていたのと同じカシオのPX-120にした。届いたものを机の上に乗せてみたが、ちゃんとしたところに置きたいと思って足を追加で買った。

しかしやはりピアノが弾きたいので、会社の踊り場にあったほこりをかぶったピアノを昼休みに弾くようになった。たまに社員が足を止めた。さらにお客さんが出入りするロビーのピアノを弾きたくなり、昼休みにちょこっと弾いたりするようになった。すると日本だからお決まりで

「あれ弾いていいの?」

と言う人が出てくる。だからぼくは週末や夜に人がいなくなってからそこに行って弾くようになった。踊り場のピアノよりもこっちのピアノのほうが調律もされているし音もよかったのだ。もちろん社歌も弾くが、ショパンやリストも弾く。誰もいないロビーでピアノの音が聞こえてくるものだから、とある日の夜に懐中電灯を持った警備員がやってきて

「どの部署の方ですか?」

と聞いてきたことがあった。ぼくは

「○○のとらです」

と答えるのだった。そうやってぼくはロビーに置いてある歴史ある展示品に、夜な夜な今では誰も歌わなくなった社歌を弾いて聞かせていたのであった。

夏になってイベントの企画を担当することになり、当時某メーカーがミクを起用するというような話があったので企画担当者として負けていられないと思い、速攻でミクを買って会社の自分宛に送った。もちろん自費で。そして家で作り始めた。社歌を歌わせようと思ったのである。社歌の楽譜を手に入れた時にmidiを作っていたので、メロディーだけのものを作ってそれを読み込んで歌詞を乗せていった。伴奏はmidiのピアノをつけた。意外と簡単でちょっと調整して完成した。

できた社歌の音声ファイルに適当な画像をつけて動画にし、○×会社社歌としてYoutubeにアップして公開した。会社の許可は取っていない。でも企画部署だしある程度の自由は許されたし、部署内からもいいねと言われた。

その後サンフランシスコに1週間ぶち抜きの有給で出かけてStanford大学のキャンパスに行った際、教育学部の建物にピアノがあったので夜に行って社歌を弾いた。この時撮った動画もYoutubeにアップした。ところがこの両方が他部署、しかも海外の部署から文句をつけられ、上司に消せと言われてしまった。仕方ないので非公開にしたのだが、ショックだった。しばらくして国内の営業マンから

「あのミクが歌ってる社歌さー、お客さんのとこでこれがうちの社歌ですよ~って見せてたんだよ。結構よかったんだけどなー」

と言われ、やるせない気分になった。そんなこんなでこの会社は辞めることになり、誘われていた次の会社に移った。この会社も社歌があり、経営者から社歌が入ったCDをもらった。ぼくは社歌を聞いた時感動して泣き出してしまった。そして別にもらった本の中に楽譜があったので練習してすぐに弾けるようになった。

ずっと前からある会社にこんな社歌があったとは思わなかった。念のため言っておくがぼくは社歌マニアではない。特定の企業の社歌だから好きなのだ。そしてそれがピアノとなるとどういうわけか何とも言えない気分になる。

そんなこんなで現在に至る訳だが、以前英雄ポロネーズを真剣に取り組んでみたことはあったものの結局途中でやめてしまった。去年アメリカの友人宅を訪れた際、リビングにあったグランドピアノを弾いて

「家にグランドピアノがあるといいなぁ」

と思い、そこでちょっとしたミニコンサートみたなものがあってぼくも弾いて、しかし練習不足で途中で止まってしまったのだが、別に恥ずかしいと思うこともなく、練習して次回は弾けるようになりたいと思うこともなかった。そのあとチェコに行って街中にピアノがあったが、ちょっと弾いてみて、何年も時のように

「弾いて驚かせよう!」

というようなことも思わなくなっていた。そもそも新しい曲を弾こうというモチベーションがない。Youtubeで人の演奏を見るたびに

「こんなふうに弾けたら・・・」

と思うことはあるものの、今は工作とかに興味があって、ピアノを習いに行こうというような気にはならないのだった。Youtubeにアップした動画といえばドラクエのクエ予告の音楽ぐらいである。


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