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自分のことを「俺」と呼べない病

自分のことを呼べない! 高校生のとらがそれを克服した記録です。



気づいたら私は自分のことを「ぼくちゃん」と呼んでいた。「ぼくちゃんねー、」で会話を始めるのが常になっていた。小学校2年生の時のことである。

そんな時担任の先生から「とら君! 自分のことをぼくちゃんと呼ぶのはやめなさい! まるで小さな子供みたいじゃないの!!」と言われてしまった。それまで毎日楽しく「ぼくちゃんねー、今日ねー」と無邪気に話していたのに、いきなり目の前が曇りになってしまったかのようだった。

それで私は家に帰って夕飯の後に、お母さんに聞いたのだった。「今日ね、学校の先生にぼくちゃんって言ったらだめって言われちゃったの。これからなんて呼べばいいの?」

私は内心では自分のことを「俺」と呼ぶことに憧れていた。今後は自分を俺と呼びたい。だから母親から「俺って呼べば?」と言われることを強く期待していたのだった。しかしその期待に反して母親はこう言った。

「ぼくでいいじゃない」

私は「ぼく」という一人称が好きではなかった。理由は子供っぽいし、まわりでは誰も言っていないし、言っているのは小学校の丸ハゲの校長ぐらいで、ぼくなんていう呼び方はかっこわるいと思っていた。だから母親に「ぼくでいいじゃない」って言われた時、「おれはー?」と聞いたのだった。すると母親は

「おれなんて言っちゃだめだよ」

と言ったのだった。この瞬間、私は自分のこと何と呼んだらいいか分からなくなり、その後は自分を呼ぶ一人称を失ってしまったのである。好きだったアメもおいしくなくなってしまった。

そのまま3年、4年、5年、6年と学年は上がっていき、中学生になった。自分のことを呼べない生活というのは大変不便であった。例えば私が自分の消しゴムや鉛筆を床に落としたとする。すると近くの生徒がそれを拾って「これだれのー?」と聞くのである。そこで私は黙って座っているしかない。「これとらの?」と聞かれるまでじっとしていなければならないのだ。こんな不便をずっと強いられてきた。

でも不便すぎるのでどうにかしたいと思った。俺って呼べばよかったものを、中二病のなせる技だろうか、よりにもよって「私(わたくし)」と呼ぶことにしたのだった。勉強はできたし学年1位とかも取っていたからインテリ気取りというか、他の人と差別化というか、よくわからないけど私(わたくし)と呼ぶ選択しかできなかった。

そしてそのまま高校生になった。今後はインテリっていうかかっこよくしたい。私(わたくし)いう一人称はかっこよくない。やっぱり俺って呼びたい。でも呼べない。これはどうしたものだろう。英語には I, My, Me, Mineしかない。なんて素晴らしいんだろう。そういう悶々とした日々を送っていた。

なぜ自分のことを俺と呼びたいのに呼べないのか。その理由はたったひとつしかなかった。それは私が私の口から「俺」という言葉を発した時に、周りの人間がその「俺」という音を聞いて、その言葉が私のことを指していると認識する、その確証がどうしても持てなかった為である。私が俺と言ったら通じるのだろうか。いや通じるはずがない。通じる道理がない。こんな恐ろしいことはない。そう思っていた。

そんなことを延々と考えていて、しかし俺と言いたい、よく考えれば単純なことだ、どうしてできないのか。何日も真剣かつ冷静に考えてみたところ、通じるはずがないと思うことそのものが異常であり、言えば通じるのにそれが言えない、つまり俺という言葉を自分の口から発する勇気を私は持ち合わせていないのだ、ということが分かった。ここまで分かれば勇気を出して言うだけとなる。でも一体誰に言えばいいのだろうか。

私は生まれて初めて自分を「俺」と呼ぶ会話の相手となるターゲット探しをすることにした。なるべくひ弱な人のほうがいい。その方が通じる確率が高いと思ったからだ。そこで同じクラスのT君を選んだ。背はけっこう高いが、小坊主を子供のまま引き延ばして高校生にしたような、そしてなんとなく慈悲深い面持ちの人で、ひょろりと背の高いお地蔵さんのようだった。通じなかった時のダメージも考えてのことだった。

彼になら言える! こうしてターゲットは決まった。あとは会話のタイミングだが、これがなかなかうまくいかない。なにしろ私とT君の2人きりにならなければならないからだ。ぼくが「俺」と言うシーンではこれを他の人に聞かれてはならない。そんな恥ずかしいことはできないし、考えただけでも恐ろしい。

何日か立った頃、水飲み場の近くでT君と2人になる機会に恵まれた。今しかない! ぼくは持てるだけの勇気をすべて振り絞って遂にその言葉を発したのだった。

「俺さー」

何秒が経っただろう。ほんのわずかの時間だったと思う。通じたか通じていないか。神様どうにか通じていてください! 

「そうなんだー」

私はT君が「俺ってそれ誰?」などと言い出すことを非常に恐れていたのだが、T君はそんなことは言わずに私が発した「俺」という言葉が私のことを指しているということを瞬時に理解したようであった。私はこの時それまでに味わったことのない大きな喜びを感じた。小学2年生から高校1年生まで8年もの歳月を費やしたが、ようやく『自分のことを「俺」と呼べない病』から解放されたのだった。その後私は徐々にT君以外の他人に対して自分のことを「俺」と言えるようになり、生活が本当に楽になった。

不思議なことにこの話を弟にしたところ、弟も全く同じ問題を抱えていた。お互いが俺と言えるようになったところで家でどちらかが俺と言うと、わざと冗談で「俺って誰?(笑)」と言って笑いあうのだった。



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