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ぼくと電子工作(小学)

電子工作に興味を持つようになったきっかけ、友達からの影響、受講した通信教育の電子工作講座、タミヤのキットと電子工作キットの違い、について



小学校低学年の時、父親に秋葉原に連れて行かれた。駅前にパーツ屋が密集しているところで「どれがいいの?」と聞かれ、よく分からないうちに電子工作のキットをひとつ選ばされた。ぼくがもごもごしていると父親は「これでいいんじゃないの?」と言ってお風呂の水位センサーのキットを手に取りそれを買った。しかしぼくは何が行われているかよくわからず、家に帰って「作りた~い!」のようにはしゃいだりもしなかった為か、そのキットはしばらく家で放置された。それからだいぶ経って父親が思い出したかのように

「あれ作るぞ」

と言い、キットを組み立て始めた。ぼくがやるのかと思っていたらほとんどが父親がやってしまった。半田ごては電気工事用かと思われるようなワット数の大きいものを父は使っており、ぼくはそれがどこに保管してあるかは知っていたが怖いのでその時は自分からやっていみたいなどとは思わなかった。

ほどなくしてそれは完成し、風呂場にセットして水をためて反応するか実験してみることになった。これはなかなか面白いと思った。水が上がってくるとブザーが鳴ったのである。どうしてなんだろうと思って説明書を読んだところ、水は電気を流す性質があるのでその電気を増幅して検出する、のようなことが書いてあった。ぼくはなるほどねと思った。しかし父親から動作の説明はいっさいなく、別のキットを買い与えられたりすることもなかった。

なんとなく電気に興味を持ったので、家に転がっていたベルと電池とよく遊んでいた柔らかいブロック、それにアルミホイルと銅線を組み合わせ、ブロックを押し込むとアルミホイルの接点が接触してベルが鳴るというものを小2で作った。この時母親に

「発明ノートをつけたら?」

と言われたのだが、構造にさほど興味を持ってくれなかったのでそれっきりになってしまった。

小4になってよく遊ぶようになった友達ができた。彼の家に遊びに行くと彼が自分で作ったあんどんがあり

「なんでこんなの作ってるの?w」

とぼくは大変刺激を受けた。電池ボックスにレバーが付いているものから配線が伸びて豆電球につながっていた。モーターを使ったものもあり、彼はそういうちょっとした工作が好きでどこからかパーツを買ってきて作っているようだった。それまでぼくは外で遊ぶことが多くて特に水遊びが大好きだったのだが、こういうのもいいなと思い

「とらもなんか作るぞー」

となったのである。でもパーツがないから家にあるものを組み合わせて作ることにした。最初は茶筒の裏にガムテープでミニ四駆のギアを固定し、そこにモーターの軸を差し込んで最後にモーターをブロックで固定してミキサーを作った。とは言っても茶筒が回るだけで本物のミキサーのように中に刃があるわけではないが、水を入れて回したりして面白かった。次にこれを綿あめの機械にしようと思い、火であぶるとか考えたのだけれど下にモーターがあるし上から付けるにはどうやったらいいんだろうと思って結局作れなかった。

次にモーターに消しゴムを付けて回してみた。さっきのミキサーでは軸がずれていると変な動きになって早く回転しないが、消しゴムは適当にモーターに差しても早く回って振動もすごかった。そこで何を思ったかぼくは自分のちんちんにそれを当ててしまった。

小学校の図工の時間にはちょっとした電気の小物を作ることがあり、懐中電灯を作った時は楽しかった。透明なプラスチックの本体にスイッチや豆電球をセットして配線していけばできあがるおもちゃのようなものだ。これに付属されていた銅線の皮膜が爪で剥けるものですごく便利だった。大変申し訳ないことをしたが、この銅線をぼくはたくさん欲しくなり、放課後に学校に忍び込んで同級生のキットから盗んでしまった。銅線だけでなくほかのものも拝借し、家にはそれなりにものが増えた。それらを組み合わせて色々作った。針金を電源につないで塩水に突っ込む、というようなこともした。針金の片方が溶けたことが不思議だった。後で書くが、このことが化学に興味を持つきっかけになったのかもしれない。そのうち100Vの配線をも触りたくなって延長コードを布団の下にはわせ、手元に明かりを付けてみたりするようにもなった。

以上のような感じで電子工作や電気そのものに興味を持つようになり、また秋葉原に行く機会もあって今度はよく見てみると色々なキットが売っていてすごく面白そうだった。だから今度は自分から3500円ぐらいのFMトランスミッターのキットを買ってもらった。家にあったでかい半田ごてを持ち出してかなりやりにくかったが作った。電池は単3とか単4とかストックがテレビの下のところにいっぱい入っていたのでそこから取った。

できたFMトランスミッターの電源を入れるとLEDの赤いランプがついた。付属のマイクも差して家のラジオの何も聞こえない「ザー」という76MHzのちょっと上ぐらいにしておいて、FMトランスミッターの基盤の上のコイルに芯が入っているような部品をまわしていった。すると急に「ザー」という音が聞こえなくなった。

「あーー」

とマイクに言うと、家のラジオから自分の声が聞こえた。嬉しくなって

「ばかあほーw」

などと色々言ってみて、もう1このコイルに芯が入っているような部品をまわして遠くまで行っても聞こえるように調整した。これがなかなかやっかいで、どちらかがうまくいくともう片方がうまくいかないというようなもので、ぴったり合うところを見つけるのは手が焼けた。このFMトランスミッターがきっかけで電子工作が面白くなり、つぎはボイスチェンジャーのキットをゲットして作った。これは結構高くて5000円ぐらいした。マイクでしゃべるとテレビでよくあるような「音声は変えています」の人になったので面白くてしかたがなかった。

そんな時、ジャンプに電子工作講座という通信教育の広告のページが目にとまった。

「これだ!」

と思って一気にやりたくなってしまった。そこで母親にやりたいと言うと

「やってもいいよ」

と言われたので嬉しくなった。しかしその直後にぼくが湯沸かし器の火種を消し忘れたので、散々怒られた挙句の果てに

「やっぱりやっちゃだめ!」

と言われたのであった。ショックだった。1回やっていいって言ったのに。それから1年以上経ってしまい、小学校高学年になってその時もまた広告を見てやりたいという思いが強くなり、母親に何度もお願いした。そしてついに許可が出てやれることになったのだった。

(今ではこの電子工作講座はもうないが、紹介しているベージがここにある)

教材が一式で箱で届いて、教科書、問題、封筒、キットが入っていて定期的に問題を解いて郵送することになっていた。肝心のキットは数えるぐらいしか入っておらず、ほかの面白いキットはすべて別売りだった。教科書も小学生向けに書いてあって簡単だった。キットは数日で作り終えてしまった。母親が

「通信教育なんて続かないんだよ」

と前から否定的だったから問題だけはちゃんと出していたのだが、正直物足りなかった。パーツを組み合わせてこういう電子回路にしたからこういう機能になった、という説明が一切ないことが物足りないのではなく、同梱されていたキットが少なく、作る作業がほんのちょっとしかないことが物足りなかった。だから自分で別のキットを手に入れて作りたくなった。しかし値段が結構するのでほいほいと買って作る訳にはいかない。運良く買ってもらったりお金が入った時に買い、それを作ることが何よりもの楽しみになった。

しかし半田付けをする時の臭いを母親は嫌いで、換気扇を回すとかそういうちゃんとした状況で作らないと怒られた。でもぼくは自分の好きな時にやりたいので自分の部屋の勉強机の上でハンダ付けをした。しかし母親が部屋に入ってきてしまい、ぼくはすぐに抵抗やらコンデンサやらのパーツを隠すのだが、ハンダ付けの臭いで

「またそんなのやって!」

とばれてと叱られるのだった。叱られればそれだけやりたくなるという心理もあったと思う。

母親は電子工作のキットよりもタミヤのキットのほうがよかったようで、こっちのほうが頼むと買ってもらいやすかった。結構色々なものがあって、面白かったのは神棚のセットである。手をたたくと神棚が開いて恵比寿さまが出てきてすぐに戻って神棚が閉まるというものだった。じいちゃんばあちゃんに見せるとありがたがっていた。ほかにもキャタピラーとかいろいろあったが、タミヤのキットは中に含まれる電子回路は完成品で、電気と機械を組み合わせたおもちゃだった。



一方電子工作キットの方は純粋に電気だけであり、中にはライントレーサーのように動く部分があるものもあったが、メインは電気だ。回路を作っていき、最後に機能するおもちゃができあがるというのがぼくは嬉しかった。回路を作ると言っても間違わずにパーツを基盤にハンダ付けしていくだけなので、実は電子回路の知識は不要なのだ。どうしてそういう機能になるのか、ということについてはあまり興味がなかった。最初から難しすぎると諦めていたのかもしれない。

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