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親に精神科に連れて行かれた話

とらが小3の時のこと。親が

「とら、これはごみでしょう! お前は頭がおかしいかもしれないから精神科で一回みてもらおう」

と言うので連れられて新宿の大きな病院へ。どうしてこんなことになったかというと、ぼくがごみ出しの日の前夜に親が寝静まった後こっそり起き出して、次の日の朝に出される運命となっている既にまとまったごみを袋から出して庭に広げ、ひとつひとつ捨ててもいいものと捨てられては困るものの分別を毎回やり、捨てられては困るものだけをまとめて屋根裏にしまいこんでいたことが遂に親にばれた為である。捨てられては困ると思って取り出したものの中には時にはぼくの大切なものも含まれていたがほとんどが普通に考えたらごみであった(お菓子の箱など)。

精神科では医師にごみのことを軽く話した。本心では、母親がぼくの大切にしているものを捨ててしまうのではないか非常に不安で、出されるゴミの中にそれが含まれていたら気が気ではないから、全部広げてみて安心したかったのである。そして捨てられたくないものをまとめて屋根裏にぶん投げておけば、それで安心して寝られたのだった。気になる医師の診断としては

「どうも不安が強い子のようですね」

というものだった。そしてよくわからない薬を処方された。朝学校に行く前にそれを飲めというのだが、子供ながらにあまり気持ちのよいものではなかった為、1個も飲まなかった。親も小学生にこんな薬なんていらないと思ったらしく、ぼくが飲まなくても何も言わなかった。

不安に関してはごみだけに限らず様々なものに対して強く感じることがあり、一番古い記憶で思い出せるものに、幼稚園から小学校に上がる直前の3月頃叔母に連れられて日本橋の三越に行った際、勇気をふりしぼって叔母にこう聞いたことがある。

「ぼく膀胱炎かもしれない」

幼稚園児が膀胱炎という言葉を知っているのもあれだが、当時ぼくは自分はトイレが近すぎると思っていて、膀胱炎という泌尿器の病気について知り、自分はそれに違いないんだ、だからトイレが近いんだ、と思い込んでいたのであった。幼稚園では勝手が分かる為にトイレに行くタイミングをよく知っていて不安はない。しかし小学校に上がるとなればいつトイレに行けるかということは全くの未知数であり、言いようのない不安を感じていた。だから入学までにどうにかしたいと思い、膀胱炎だと打ち明けて治療でもしてもらえたら、と思ったのである。すると叔母は

「そんなのないよ」

と一蹴するだけだった。その後間もなくぼくは小学校に入学した。朝学校に着くとまずトイレに行くことができた。続いてチャイムが鳴ると生徒だけで20分ほどの自習の時間というものがあり、これが終わると先生が教室に入って来て朝の会をやってすぐに1時間目となる。これはちょっと長い。不安だからぼくは自習の時間にもトイレに行くことにした。しかしトイレに行くと言って教室を出るのが嫌だったのでどうしたかというと、自習の時間にみんながおしゃべりをして教室が結構うるさくなるので、

「みんなが騒いでるから先生に言ってくるね」

と嘘をついて毎日自習の時間を抜け出してトイレに行っていた。もちろん先生には言いに行かないのである。言いに行く時もあったが、遠い職員室ではなく、近くにあった特殊学級の先生に言いに行くのであった。しかしとある日、クラスメートと楽しくおしゃべりをしすぎたのか、自習の時間が終わって担任の先生が教室に入って来てしまった。これはまずい。ぼくは一瞬迷ったが、何も言わずに教室を飛び出したのであった。

トイレ不安は小学1年でおさまったが、3年生の時は学校近くの民家の犬のなわをほどいて逃がしてしまい、これは自殺するしかないと思ったが、次の日には犬が戻って来ていた。その時帰巣本能というものについて学んだ。

小学校高学年になると身長の伸びが著しくなり、時折膝が痛むようになった。これが不安でしかたがなく、親に

「足が腐ってるかもしれないから病院に連れてって!」

と何回もお願いするのだった。ぼくがしつこく何度も言うものだから親も折れて、ぼくを連れて先の新宿の病院に連れて行ってくれた。そこで色々な角度から膝中心にレントゲンを撮られて、最後に先生の診断としては

「成長ですね」

ということだった。どうして膝が腐っていると思うようになったかというと、テレビのドラマか何かで膝下から切断して、その切った足を包帯に包んで看護婦が運ぶとかいうシーンを見てしまったからであった。病院に行ってからは、ぼくが膝が痛いというと親は「成長だね」と言って笑うのだった。

ほかには折り紙のほんの切れ端の1ミリぐらいを興味本位で食べてしまい、明日死ぬんだと思ったこともある。でも死ななかった。


以上のように、とにかくとらは不安を抱えやすい子供であった。しかし性格は暗いということは全くなく、明るいを通り越しておしゃべりでおせっかいであり、さらにいたずらっ子であった。今でも不安を強く感じることは時折あるものの、飛行機チケットの手配だけで海外に飛んでしまうことからも分かるように、日常生活にはほぼ支障はないと言える。

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